人気歌手で双子の弟のハヤトに成り済ましているカズトは、ユニット・グレースで共に活動する、若林ケンの個人事務所に移籍し、皆にハヤトと呼ばれながら、ささやかな歓迎会でもてなされていた。
カズトがハヤトに成り済ましているとは誰も知らず、一卵性双生児で
瓜二つの二人を見抜くことなど、誰にもできなかった。
カズトは、ケンの妹の家庭教師を務めるマコトと話が弾み、意気投合した。
「そうだ、ハヤトさん、僕の友達を紹介します。
え、と、安曇里沙ちゃんと海野さくらちゃん」
マコトは、共にポンポン大学に通う里沙とさくらを、ハヤトに紹介した。
里沙とさくらもマコトの親友で、ハヤトの歓迎会に招かれていた。
「ハヤトさん、初めまして。海野さくらです。こちらが、里沙です」
アンドロイドの海子であることを隠して生活するさくらは、愛想よくカズトに挨拶し、里沙も笑顔を見せた。
里沙は元の北川絵里の名前を捨ててシステム置換人間として生まれ変わり、海子と同じようにその正体を隠していた。
マコトは二人の事情を知っていたが、決して口外しないと約束していて、二人を親友としてハヤトに紹介した。
反社会的勢力の構成員である元同棲相手から逃れ、実の父親を救おうと医師になるため、能力が格段に高くなるシステム置換人間になった絵里と、追ってくる元同棲相手から絵里を護衛するアンドロイドの海子。
絵里と海子は、それぞれ安曇里沙、海野さくらと名乗って生活していたが、マコトはその秘密を守ると約束していた。
「ハヤトさん、初めまして。海野さくらです」
「こちらこそ初めまして。里沙ちゃんもさくらちゃんも、ポンポン大学の学生さんなんだよね」
「そうです、私は文学部で歴史を学んでいます。里沙は、医学生なんですよ」
海子も、医療用アンドロイド・空子のように高度な知性や思考を持ち、人類の歴史に関心がある海子は、大学では歴史を学んでいた。
「へえ、医学生か。凄いなあ、こんな綺麗な先生なら、いくらでも注射してもらいたいくらいだよ」
カズトは冗談交じりに、里沙にも挨拶した。
「まあ、お上手ね。ハヤトさん、よろしくお願いします」
ハヤトもさくらも、里沙もそれぞれの事情や正体を隠して暮らしていたが、無意識に響き合えるのか三人はすっかり打ち解けた。
「ハヤトさん、最近の歌の方が断然、素敵です。前はアイドルみたいでしたけど、今のような哲学的な歌で、実力を発揮する姿は素晴らしいです」
「そうよね、あたしもそう思う。前は、お金持ちしか眼中にないみたいだったけど、今のハヤトさんは、病院の慰問をしたり、有意義な活動をしていると思うわ」
さくらも里沙も、哲学的でメッセージ性の強い楽曲を発表するようになったハヤトを、高く評価していた。
「ありがとう、次の慰問先はエンゼル病院なんだ。あの病院は、深刻な病状の方が多いそうだから、いい歌を聞かせられるよう頑張りたいね」
「エンゼル病院なら、あたし、今度の実習で行くんです!奇遇ですね」
里沙は、ポンポン大学病院以外の民間の病院での実習先として、エンゼル病院を選んでいた。
「あたしは、空子と一緒に患者さんを支えていきたいんです。ポンポン大学病院でも、大勢の空子が働いていますけど、民間の病院での空子の仕事ぶりから勉強させてもらいたいし」
里沙は、実の父親で失明のリスクを抱えているアズミ副社長を救うため、医師を志していたが、終末期を迎え、空子に看取られる患者への医療にも関心を持っていた。
「そうなんだ、慰問の日、会えるかな?」
ハヤトは、まだ情報解禁前だがと断りを入れつつ、エンゼル病院を慰問する日程をこっそり伝えた。
「あ!その日、確か患者さんのレクリエーションの介助の実習も入ってるの!ハヤトさんの慰問の日だったのね」
まだハヤトのライブに行ったことがない里沙は、実習先での勉強はもちろん、ハヤトの歌を生で聴けるのが楽しみでならなかった。
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「なあなあ、颯太。どんなお嬢が来ると思う?」
颯太は、いつも大学で連む軟派な仲間と、指名したデリヘル嬢が来るのを待っていた。
「颯太の姉ちゃんは風俗嬢なんだろ。ホントにどこの店にいるか知らないのかよ」
「知らねーよ。最初にいた店は知ってっけど、その後、移ったみたいだし」
颯太は、継父と折り合いが悪く家出した姉が、風俗店で働き反社会的勢力の構成員と同棲していることまでは知っていたが、その後の足取りまでは把握していなかった。
「姉ちゃんがどこにいるのか、知らないってか。お前も冷たい奴だなあ。姉ちゃん、名前何ていうの?どこかの店にいないか、探さねーの?」
「本名で風俗やってる訳ねーじゃん。姉ちゃんの名前は、絵里だよ。
おふくろが今の親父と再婚してから北川絵里になったけど、今の親父とは超絶仲が悪くて、家出しちまったし。
でも、姉ちゃんもバカだよなあ。おとなしくしてれば、デーバ重工にコネ入社できたかも知れないのによ」
「へえ、姉ちゃんは絵里っていうんだ。でも、確かに風俗嬢なら、源氏名で働いているだろうからなあ」
颯太と仲間たちは颯太が住むマンションの部屋に集まり、デリヘル嬢が来るのを待ちながら、酒を飲んだり菓子を食べたり自堕落に過ごしていた。
「なかなか美人だよなー」
デリヘル店のホームページに載る、指名したデリヘル嬢の写真を見ながら、学生たちはデレデレしていた。
「バァカ、これは写真を修整してるんだろ。年も30歳って書いてあるけど、絶対サバ読んでるよな。とんでもないババアが来そうだよなあ」
皆で指名したデリヘル嬢の写真は目元だけを出し、顔の他の部分にはぼかしが入っていた。
「じゃあ、頼まなきゃいいじゃん」
学生たちは口々に勝手なことを言いながら、また酒を飲んだ。
「そうだ、前に話してた金ヅルのオッサン、また俺に会いたいって言ってきたんだ。知ってるだろ、元ミュージカル俳優の葉山幸一郎。
何か頼みごとがあるって言ってたから、また金を引っ張れるな。
ヒャハハハ」
幸一郎は弱みを握られ、颯太に金を要求された上に、使いっ走りのようなことをさせられていたが、その後行方がわからなくなっていた。
ところが、事情があって逃亡生活に陥り、相談したいことがあると颯太に連絡してきていた。
「逃亡してるって、あのオッサン何やってんだろうな?相談ねえ、まさかデーバ重工で働かせてくれなんて言ってくるんじゃねーだろうなあ」
颯太は、幸一郎が二階堂社長の直属の仕事をしていることは知っていたが、どんな仕事かまでは知らなかった。
その二階堂社長が失脚し、幸一郎の立場も悪くなったのか?
金を納めてもらう以外、颯太は幸一郎にほとんど興味がなかったが、連絡してくるのであれば、また使いっ走りにでも使おうかくらいのことは考えていた。
「お!来たみたいだぞ!」
颯太と仲間がマンションの部屋に集まり、だらだら過ごしていると、訪問者を知らせるインターホンが鳴った。
「お、やっぱり美人じゃね?うひょー!」
「おう、俺が一番先だからな」
インターホンのテレビモニターで、訪問者を確認した学生がオートロックを解除して、到着したデリヘル嬢を中に入れた。
。
颯太は面倒なことは全て、集まる仲間にさせながら好き勝手に振る舞っていた。
しかも、本来は禁止されている、複数人で一人のデリヘル嬢を呼ぶというルール違反をしただけでなく、一番先にサービスを受けようと抜け目がなかった。
「こんばんは、チエです」
「おおー!すげえ美人じゃーん!」
デリヘル嬢のチエが現れると、颯太も仲間たちも、その美しさに目を奪われた
「あの、お仕事先に複数のお客様がいるのは禁止事項のはずですが。
今日は120分コースで、北川様からご指名頂いたのですが」
チエの源氏名で指名された唯は、何人もの学生が待ち構えている室内に入ると、店のルールを説明し直した。
「そんな固いこと言うなよ。いいじゃん、パパッとやろうぜ」
「お客様、それは困ります」
唯が断っても、リーダー格の颯太は腕を掴んで引っ張った。
「金なら先にカードで払ってんだし。サービスしてくれよ。
あんた、ピンキーハウスの期待の新人なんだろ!」
デリヘル店のホームページのトップで、新人入店と紹介されていた唯だったが、初仕事で複数の人間が部屋にいるという危機に遭遇してしまった。