とまと万夜一夜物語

どこまでも続くお話です

第百二十七話

ワールドMDF社は、事実上のトップ、アズミ副社長の急な入院を受けて対応に追われた。

全社員に向けて社内のオンラインで、職務を代行するシステム開発部の部長、カワムラ氏が呼びかけた。

 

「既に報道されているように、アズミ副社長は、自宅に押し入った

不審者に襲撃され負傷し、しばらくの間入院加療を要することになりました。

副社長が復帰するまで、私がその職務を代行するものとします」

 

ワールドMDF社の本社を始め、製品の工場、各支社にもオンラインで一斉にメッセージが送られ、全社員が見守った。

 

「アズミ副社長、どうして襲撃されたりしたのかな?」

「あの人はやり手だから、恨まれてんじゃないの?」

 

事情を知らない社員たちは、口々に噂し合った。

報道での発表は、不審者が押し入り、アズミ副社長が襲撃されたことだけ伝えられていて、現場を訪れた海子と格闘になった犯人の一人が、死亡したことには触れられていなかった。

 

「でもさ、カワムラ部長も似たようなもんだよな」

「そうそう、同じ技術者あがりの叩き上げだからな」

 

アズミ副社長の職務を代行するカワムラ部長は、システム開発部門の最高責任者を任されていた。

 

高卒でワールドMDF社に入社し、工場で製品の組み立てに従事していたが、一念発起して通信制の大学を卒業。

その後、システム開発に携わるようになり頭角を現して、

システム開発の最高責任者にまで上り詰めていた。

 

ただ、カワムラ部長にも一つだけ失点があった。

スカイゾーンシステムの開発を、既に死亡した技術者の田所武彦に

一任してしまっていた。

 

武彦を優秀な技術者と見込んでのことだったが、武彦はどういう訳か、スカイゾーンシステムの開発記録や手動マニュアルを全て破棄。

その後、選挙の不正を扇動したと罪に問われた武彦は、入水自殺してしまっていた。

 

こうして、人間の手でスカイゾーンシステムを改良したり、

ストップさせる手段は失われてしまった。

その間に、自ら思考し、自身をバージョンアップさせることもできるスカイゾーンは、端末態の佐伯まゆとして、自由に動き回り意思を

実行していた。

 

スカイゾーンが何を思考し、求めているのかは誰にもわからなくなってしまっていた。

 

哲学的思考を持ち、病に苦しみ、死の影に怯える者の心に寄り添う

医療用アンドロイド、空子を稼働させる神なのか?

その一方で、気の向くまま、一般人を殺戮するなど残虐な悪魔なのか?

 

人の心は人でもわからないように、スカイゾーンの思考も誰にもわからなかった。

 

「カワムラさん、しばらく、あなたがアズミさんの職務を代行するのですね」

「はい、左様でございます」

 

スカイゾーンは冷酷で残虐な顔は持つが、人間以上に知的で道理も

弁えていた。

見た目は、14歳のアイドル歌手・佐伯まゆの姿で、たびたびワールドMDF社を訪れては、アズミ副社長と今後の戦略について話し合ったりもしていた。

 

スカイゾーンの機嫌を損ねないように、カワムラ部長は丁寧に対応した。

そうでもしなければ、消される。

スカイゾーンの機嫌を損ねて、殺された管理職も少なくなかった。

 

「ところで、押し入った件の首謀者は、フクシマだとか」

「左様でございます。今、警察に任せるだけではなく、我が社としても追っております」

「そうですか、見つけ次第殺しなさい。こちらが情けをかけてやったのに、恩を仇で返すとはこのことです」

「かしこまりました」

 

アズミ副社長を刺した葉山幸一郎は、元ミュージカル俳優だったが、罪もない歌手の若林ケンに無実の罪を着せて陥れようとした。

そこで、スカイゾーンの怒りに触れ失脚し、反社会的勢力の創龍会の構成員に身を落としていた。

 

葉山幸一郎の、元の名前はフクシマ。

エンゼル病院で療養する患者だった。

フクシマは、ミュージカル俳優になる夢があったが、

事故に遭って障碍が残る体になり、夢を諦めていた。

 

そんな時、空子に誘われシステム置換人間に生まれ変わり、

姿も変えミュージカル俳優になる夢をかなえていた。

 

しかし、思い上がった幸一郎は、ケンに無実の罪を着せて陥れようとしたために、スカイゾーンの怒りに触れ、失脚させられていた。

 

殺すことなく失脚させるくらいで留めてやったのに、アズミ副社長を襲撃したフクシマに対し、スカイゾーンは怒りの頂点にあった。

 

「ええ!!絶縁ですって?!」

「そう、お前のような勝手なことする奴は、組の顔に泥を塗るも同然だ。二度と来るんじゃねえ」

 

アズミ副社長を刺した葉山幸一郎は、所属していた創龍会から、

絶縁を言い渡された。

 

「そんなこと言わないで下さいよ!俺、ここを追い出されたら、

どこに行けばいいんですかい?!」

「知ったことか、消えろ!」

 

幸一郎は、しつこく食い下がろうとしたが、組の事務所から叩き出された。

創龍会に入る前は、路上生活者や日雇い労働者が暮らす貧しい街に

暮らしていた幸一郎だったが、そこでも鼻つまみ者で戻ることはできなかった。

 

幸一郎は、警察やワールドMDF社から追われる身で、途方に暮れた。

 

「ヒャーッハッハッハッハッハッハッ!ミクロサ島、最高だったよなー!」

 

颯太と仲間、双子の兄のカズトに成り済ましたハヤトは、意気揚々と帰国した。

 

「あのねーちゃん、いい女だったよなあ」

「ヒャッハッハッハッ!連れて帰りたいくらいだったよなー!」

 

颯太たちは、夜の街で買った女性の話を恥ずかしげもなく大声でしながら、帰国後の入国審査を済ませた。

 

「あれ?葉山のオッサンから電話か」

 

税関のチェックを済ませて外に出ると、颯太のスマートフォンが鳴った。

 

「はあい!何だよ?!」

「颯太……くん、助けてくれ」

「はあ?入金なら、一週間以内でも間に合うけど」

「そうじゃない、助けてくれ」

 

幸一郎の声は消え入りそうなくらいか細く、覇気がなかった。

どうも様子がおかしい。

金に困ることでもできたのか、颯太が興味があるのはそれだけだった。

 

幸一郎は、かつて暮らしていた日雇い労働者の街にある食堂で待っていると言い残して、電話を切った。

誰かに追われてでもいるのか、慌ただしい様子に颯太は首を傾げたが、姉の絵里が国外にいる自分に、わざわざ電話してきた”あの話”だろうと察しはついていた。

 

「オッサン、どうしたの?俺、忙しいんだけど」

「颯太くん、俺、追われてるんだ」

「はあ?」

 

颯太はスーツケースを引きながら、貧しい街の食堂で幸一郎と落ち合った。

 

幸一郎は、アズミ副社長を襲撃し重傷を負わせて逃走中だと白状した。

警察に追われ、創龍会からは絶縁を言い渡され、八方塞がりだと泣きそうな顔をしていた。

 

「あ、そ。オッサンが親父を刺したのは知ってたよ。ほら、見ろよ、オッサンのネタやってるじゃん」

 

颯太は、食堂にあるテレビを指差した。

テレビではニュース番組をやっていて、創龍会の元組員、葉山幸一郎が敵対する組の幹部の殺害に関わった容疑で、全国に指名手配されたと報じられていた。

 

「違うよ!俺じゃないよ!」

「あーあ、元いた組からも濡れ衣を着せられてるんだね、可哀想に。ほら、みんな見てるよ」

 

颯太は笑っていたが、幸一郎は慌てて顔を隠した。

 

「俺の実の父親は、安曇康成だって言ったじゃん。姉ちゃんから聞いたんだ、オッサンが親父を刺して逃げたって」

「許してくれ、何でもする」

「じゃあ、金出せよ」

「ええ……」

 

組を絶縁された幸一郎は、一銭もないも同然だった。

 

「ヒャハハハハ、冗談だよ。そうだなあ、オッサンは貴重な金ヅルだし、警察に渡すってのもな、どうなんだろうな」

 

幸一郎は、神や仏にでもすがるような表情で困り果てていた。

 

「あ、俺の継父は、デーバ重工の役員だってことも教えたよな」

 

颯太は、継父はワールドMDF社と敵対するデーバ重工の役員だと、

確かめるように言った。

 

「聞いてみてやるよ、オッサンがまだ使える奴かどうか」

 

デーバ重工は、世間に表立っては公表できない裏稼業にも手を染めていた。

かなり危ない橋を渡ることも厭わないか、颯太は幸一郎に尋ねた。

 

「やるよ、何でもする。ワールドMDFも、俺のことを追ってるに違いないんだ。見つかったら殺される」

 

幸一郎は、警察に捕まるよりもワールドMDF社に捕らえられる方が、

よほど恐ろしいと怯えていた。

 

「あーあ、そんなことまでして、姉ちゃんを連れ出したかったのか。純愛だねえ、ヒャーッハッハッハッハッ!」

 

颯太は幸一郎の弱みにつけ込み、高笑いした。