とまと万夜一夜物語

どこまでも続くお話です

第百二十八話

葉山幸一郎と手下のチンピラに押し入られ、襲撃されたアズミ副社長だったが、入院して治療を受け回復しつつあった。

 

「アズミさん、具合はどうですか?」

 

アズミ副社長の娘、絵里は父親の傍にいたがったが、暴力を振るっていた元同棲相手・葉山幸一郎につけ狙われているかもしれず、病院で付きっ切りなわけにはいかなかった。

 

絵里の代わりに、絵里を護衛するアンドロイド・海子が毎日、

アズミ副社長のところを訪れていた。

 

「海子、いつもありがとう。絵里も変わりないか?」

「はい、絵里さん、最近は私が大学で使う教科書を、よく読んでいるんですよ」

 

海子は、仮の名前・海野さくらを名乗り、名門のポンポン大学で学生として学んでいた。

海子が学ぶのは歴史学で、歴史を捉えて人間の本質を知ろうとしていた。

 

「そうか、絵里も真面目にやればできる娘なんだけどな」

 

アズミ副社長は、絵里とその弟の颯太が幼い頃に、妻と離婚。

仕事に追われて、幼い子どもたちを顧みなかったことを悔いていた。

 

「絵里さんは、しっかりした女性です。歴史にも興味があって、

いつも私と話しているんですよ」

「ほお、絵里とそんな話をしているのか」

「はい」

 

海子は、花瓶の花を新しいものに替えながら、絵里の様子を伝えた。

 

「絵里さんは、今でもお父さんのことが大好きなんですよ」

「そうなのか。継父とうまくいかないとか、家出して風俗で働いたりとか、心配なことばかりだったんだが」

 

アズミ副社長は、空子以上に人の心を理解できるようになった海子に感心していた。

 

「私のバージョンアップを成功させたのは、カワムラ部長です。

アズミさんもカワムラさんも、素晴らしい技術者です」

「海子は、お世辞も言えるんだな」

「まあ、そうでしょうか」

 

アズミ副社長がそう言うと二人は笑い合ったが、アズミ副社長はまた言った。

 

「心配なのは颯太の方だな。今は、まだ学生だからいいとしても、

どうも気になる。濡れ手で粟のようなことをしなければいいんだが」

 

姉の絵里と違って、自分を避ける颯太のことをアズミ副社長は案じていた。

 

「オッサン、どうだい?金になるだろ」

 

颯太は、継父の北川氏が常務を務めるデーバ重工に、葉山幸一郎を

口利きしてやっていた。

アズミ副社長に重傷を負わせた幸一郎は、警察だけでなく、ワールドMDF社にも追われていた。

 

「まあな、でも、颯太くんにこんなに渡したら、俺の取り分がないよ」

「いいじゃん、俺の金は親父の金、親父の金は俺の金」

 

幸一郎は、デーバ重工に匿ってもらう代わりに、様々な裏稼業の片棒担ぎをやらされていた。

 

「もう人殺しも慣れたろ?」

「ああ、もっとエグいこともやらされてるしな。創龍会よりヤバいじゃねーか」

 

創龍会は、幸一郎が元々所属していた反社会的勢力だったが、幸一郎は絶縁されていた。

デーバ重工は、様々なトラブル処理を創竜会に依頼していたが、それ以上の悪辣なことを、幸一郎は引き受けざるを得なくなっていた。

 

裏での仕事の報酬は高額だったが、そのほとんどを颯太が巻き上げていた。

 

「颯太くん、俺にも生活ってものがあるんだ。ピンハネぶんを、

もう少し少なくしてくれないか?」

「何言ってんだよ、隠れて住む家だって用意してもらってんだろ。

葉山幸一郎は、ここに隠れてるってバラされてもいいのかよ」

「それは、ちょっと……」

「なら、黙って仕事しろよ」

 

ポンポン大学の学食に呼び出した幸一郎を置いたまま、

颯太は札を手にして立ち去った。

 

「よよよ、さくらちゃん」

 

双子の兄・カズトと入れ替わり、ポンポン大学で学生生活をおくる

ハヤトは、海野さくらの仮の名前で大学に通っている海子を呼び止めた。

 

「さくらちゃん、サークルは何やってんの?」

 

ハヤトは、兄のカズトと入れ替わり大学生になってから、

ナンパに明け暮れていた。

 

「サークルは、まだ入っていません」

「そうなの!じゃさ、テニスのサークルとか入らないかい?」

 

ハヤトは、颯太やその他の軟派な学生と連み、近隣の女子大の学生との交流に夢中だった。

 

「でも、お金がかかりそうです」

「いいのいいの、女の子はサークルの会費いらないからさ」

 

アンドロイドの海子は、その美しい見た目が軟派な学生の間では注目の的だった。

 

「いえ、興味ありません」

「そんなこと言わないでさー。来週、ディスコでダンパがあるんだ、招待するよ」

「ダンスなんて踊れません。私、ルームメイトの為に、ごはんを作らなければならないので失礼します」

 

葉山幸一郎から絵里を護衛する為に、絵里と同居している海子は、

ハヤトの言うことには構わず帰って行った。

 

「よお、ハヤト。またフラれたのかよ」

 

海子とハヤトのやり取りを、遠巻きに見ていた颯太や連む仲間がからかって声をかけてきた。

 

「あいつ、ちょっと可愛いからってお高くとまりやがって」

「お前、嫌われてんじゃねーの?」

 

颯太や仲間たちは、ハヤトを指差して大笑いした。

 

「じゃあ、お前らの誰かが落としてみろよ」

「お!いいねえ、誰がやれるか賭けてみるか?」

「勝手にしろよ、俺、兄貴とも約束あんだよな。また明日な」

 

双子の兄、カズトと入れ替わったハヤトは定期的にカズトと会って、連絡を取り合っていた。

 

「わりーわりー、遅れちまった」

 

ハヤトは、以前から行きつけにしていたレストランで、いつもカズトと会っていた。

 

「またナンパしてたのか」

「まあな、大学にすっげえ可愛い娘がいるんだよ」

「お前は、何しに大学に行ってるんだ」

 

本来は、兄のカズトの方がポンポン大学の学生で、弟のハヤトは有名な歌手。

双子の二人は、役割も完全に入れ替わっていた。

 

「ところで、兄貴、そろそろ元に戻らねーか?」

「おい、今、大学にいる可愛い娘の尻を追いかけてるって言ってなかったか」

「でもさ、歌手の方がモテるじゃん。兄貴もいい思いしてんだろ?」

「お前とは違う」

 

業界では、遊び人の神山ハヤトが急に品行方正になったと噂になっていた。

 

「兄貴、どうしちゃったの?急に真面目な歌なんか作っちゃってさ」

「俺は、お前のように金儲けの為だけに歌うわけじゃないんだ」

 

神山ハヤトが路線変更し、自作の哲学的な歌詞の歌を歌うようになったことも、業界では驚かれていた。

 

「でも、真面目路線も好評だよな。前よりセールスも伸ばしてるし。俺、そのまんまの路線でやるわ」

「何言ってんだ、お前に歌詞が書けるわけないだろ」

「兄貴が書けばいいだろ」

「はあ?」

 

ハヤトは、お互い元には戻るが、歌手・神山ハヤトの路線は、カズトが路線変更を試みたそのままにしておいてはどうかと、調子のいいことを言った。

 

「要するに、兄貴は俺のゴーストライターになってくれればいいんだよ」

「断る」

 

カズトは、きっぱり断った。

 

「ええ、じゃあ、どうすんだよ?」

「俺たち、このままでいよう」

 

カズトが、歌手・神山ハヤトのままでいるつもりだと言うと、

ハヤトは慌てて訳を尋ねた。

 

「なんで?どういうこと?」

「だから、俺は、社会に対してメッセージを伝えていきたいんだ」

「何だよ、それ」

 

兄のカズトは、ハヤトとして路線変更した哲学的なメッセージを社会に向けて歌うことは止めないと、言い切った。

 

「キモいこと言うなよ」

「何がキモいんだ。真面目に聴いてくれる人たちに、真面目に返すのが気持ち悪いことなのか?

大体、今までのお前のファンは、金を使ってお前に貢ぐことしか考えてなかったろ。

それは、歌じゃない。アイドルの真似事だ」

 

兄のカズトは、音楽というものは真摯に向き合い、聴く者の心に訴えかける為にあるのだと、自身の方向性を語った。

単なる追っかけのミーハーだけではなく、真面目にメッセージを受け取ってくれる人々に向けてこそ、歌であるというのがカズトの信念だった。

 

「兄貴、宗教の話はどうなるんだよ?」

「宗教じゃない、宗教学だろ。文系の学問は、理系の学問とは違う。いつでも、何年経とうとも、どこでも学べる」

 

カズトは、ハヤトとして歌手の活動をしていても、仕事場で休憩中には大学で学んでいた宗教学の本を読んでいた。

 

「それに、お前は勝手に文学の同好会や大学の新聞編集部も辞めただろ。それも、もういい。

歌詞を作ることが、俺の創作活動になったんだ。

お前は、テニスサークルでも何でもやって、女の子を追いかけてろ」

「そんなに俺が悪いのかよ?」

「わかったか、わかったら、女の尻でも追い回してろ」

 

カズトは、歌手・神山ハヤトとしての仕事があるからと、レストランの席を立った。

 

「ちょっ!待てよ!おい!!」

 

ハヤトは、カズトを引き留めようとしたが、カズトは目もくれず

レストランを出て行った。