とまと万夜一夜物語

どこまでも続くお話です

第百二十九話

葉山幸一郎に襲撃され、入院して治療を受けていたアズミ副社長は、回復し退院の日を迎えた。

 

「大丈夫ですか?お荷物お持ちします」

「ありがとう、海子」

 

病院を出るアズミ副社長を、海子と絵里、ワールドMDF社の若手社員が迎えに来ていた。

 

「お父さん、そこ危ないよ」

「え?」

 

絵里が気付いて注意したものの、アズミ副社長は病院の廊下を歩きながら、看護師が押して歩いていた無人のストレッチャーにぶつかりそうになった。

 

「お、うっかりしていた」

「もお、気を付けてよね。まだ通院だって必要なんだから」

 

迎えに来た若手社員が運転する車に揃って乗り、無事に自宅に到着すると、海子と絵里が荷物を片付けた。

 

「片付いたわねー、これで一安心。お父さん、お風呂入るでしょ」

「そうだな、ちょっと会社にも連絡したいから、先に入ってきなさい」

「うん、じゃあお言葉に甘えて」

 

絵里は、先に風呂場に向かった。

 

「アズミさん、本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ、明日から仕事にも行きたいくらいだ」

「そうではなくて、目、見えなくなってきてませんか?」

 

海子は、病院の廊下を歩いていたアズミ副社長が、看護師が押していたストレッチャーにぶつかりそうになるのを見逃していなかった。

アズミ副社長は、少年の頃に働いていた工事現場で、ガスの爆発事故に巻き込まれて以来、視力が低下し定期的に検査を受けていた。

視力は、年々低下していて失明のリスクすらあった。

 

「海子は、気が付いていたのか」

「そうですね、入院中からおかしいなとは思っていました」

「入院中も検査を受けたんだが、あまり良くないみたいだ」

 

アズミ副社長は、視力がますます低下しているとの診断も受けていた。

 

「手術なさらないんですか?スカイ様にご相談されては?」

「それは、海子にも話したじゃないか」

 

アズミ副社長はスカイゾーンの力を借りれば、視力を取り戻す手術を受けることは可能だったが、断っていた。

 

少年の頃、巻き込まれたガスの爆発事故で、自分をかばって死んだ仲間のことを忘れてはならない、そういう理由で手術に踏み切れないでいた。

死んでしまった仲間は、少年だったアズミ副社長の父親代わりにもなってくれていた人物で、自分だけが生き残り視力まで回復させては、その仲間は浮かばれず、顔向けもできない、アズミ副社長の考えに変わりはなかった。

 

「そのお気持ちはわかりますけど、絵里さんのことを考えたら、失明してしまっては元も子もありません」

「そうなんだよなあ、絵里が嫁に行くまでは目が見えていて欲しいし。そんなことより、颯太の奴、結局顔を出さなかったな」

 

アズミ副社長は、息子の颯太のことも案じていた。

 

「オッサン、いい知らせがあるんだ」

「颯太くん、今度はどんな仕事だい?」

「ああ、デーバ重工の実験に付き合わねえか?」

「実験?」

 

颯太は、継父が常務を務めるデーバ重工が行う、ある実験の被験者にならないかと持ち掛けた。

 

「報酬は、50億だ」

「50億!!」

「そんなデカい声出すなよ」

 

いつものように、ポンポン大学の学食に呼び出された葉山幸一郎は、べらぼうに高額な報酬金額に驚いた。

 

「ただし、実験の後、ミッションを遂行してもらうんだけどな」

「何のミッションだい?」

「やるの?やらないの?」

 

颯太はろくに説明もせず、幸一郎に決断を迫った。

 

「やるよ、やるから今まで通り逃がしてくれるんだよな?」

「ああ、もう逃げ隠れしなくてもいいようになれるよ」

「本当かい?!」

 

アズミ副社長を襲撃した罪で追われる幸一郎にとって、

逃避行から逃れられるという誘いは、この上なくありがたいものだった。

 

「じゃあさ、来週、月曜日にデーバ重工に連れてってやるよ。

今日と同じ時間に、また学食に来いよ」

「わかったよ、必ず来るよ」

「あいよ、毎度あり」

 

颯太は、その日のぶんの金を幸一郎から受け取ると、テニスサークルの活動があるからと言って、学食を出て行った。

 

「何だって?大学に行きたいだって?」

 

退院後、自宅療養を続けているアズミ副社長は、絵里から大学に行きたいと相談され、思わず聞き返した。

 

「あたしは頭が悪い。そう思ってんでしょ?」

「そうじゃない、どうしたんだ、急に」

「急にでもないよ、お父さんが入院している間、海子にも相談したんだ。ねえ、海子」

 

絵里は、ポンポン大学に通う海子の姿に刺激を受けていた。

 

「そうですね、絵里さん、すごく真面目に考えてるんですよ」

「で、大学で何をやりたいんだ?」

「そうだなあ、まだはっきり決めてないけど、数学は苦手だから文系に進みたい」

 

絵里は、海子が大学で学んでいる歴史学にも興味を持っていた。

 

「どうやって勉強するんだ?」

「私が、家庭教師します」

 

海子は、自分も全面的にサポートすると微笑んでいた。

 

「しかし、大学に通えば外に出ることになるだろう。葉山に見つかったら、どうするんだ?」

「ポッサロ大学に行こうと思う」

 

ポッサロ大学は、北海道とまと国にある大学で、難関大学としても

知られていた。

 

北海道とまと国は、本土からある程度の自治を認められた特別政治地区で、その領土に入るには身分証明証が必要だった。

葉山幸一郎は、アズミ副社長を襲撃した容疑者であり、身分証明証を提示して領土に入るのは、ほぼ不可能だった。

 

「ね、大丈夫だって」

「うーん、そうか?」

 

幸一郎が追ってくる可能性はかなり低かったが、娘が遠い土地に行ってしまうことは、アズミ副社長にとっては寂しくもある話だった。

 

「でも、あたしは高校中退だから、大学受験資格の試験も受けなきゃ。先ずは、そこからだよね、海子」

「はい」

 

絵里と海子は、ぴったり息が合っていた。

 

「絵里、海子、なんだか姉妹のようだな。娘が一人増えたみたいだよ」

 

アズミ副社長は、二人を応援すると快く約束した。

 

颯太と約束した葉山幸一郎は、指定された時間にポンポン大学の学食にやって来た。

時間になっても颯太は現れず、幸一郎は周りを気にしてキョロキョロしていた。

 

「わりー、サークルの打ち合わせが長引いちゃったよ」

 

颯太は、派手目な女子学生を伴って現れた。

 

「わああ、本物の葉山幸一郎じゃん!」

 

颯太と一緒にいた女子学生は、珍獣を見るような顔をした。

 

「この人ってさー、不倫を暴露されて人生詰んだんだよね」

 

女子学生は、幸一郎を指差して笑った。

 

「颯太、知り合いだったんだー!キャハハハハハハ!」

「おいおい、失礼だろ」

 

失礼だろうと言いながらも、颯太も一緒に笑っていた。

 

「颯太くん、ミッションの話をしないか?」

 

幸一郎は、屈辱に耐えて小声で言った。

 

「あ、そうだったな。ミサちゃん、ちょっと”ビジネス”の話をするから、後でな」

「じゃあ、あたし、帰ろっかな。また電話してね」

 

女子学生は、まだ笑いながらいなくなった。

 

「で、何だっけ?」

「50億のミッションの話だよ」

「あーあ、それね。金が欲しいの?」

 

颯太は、さっそくデーバ重工に行こうかと、すぐに席を立った。

 

「へーい、タクシー」

「タクシーなんかに乗ったら、俺、バレちゃうだろ」

「だったら、顔隠してろよ」

 

幸一郎はタクシーに渋々乗り込み、怯えたようにずっと下を向いていた。

 

「おーっと、ついたついた」

 

颯太は、預かってきたタクシーチケットを運転手に渡すと、タクシーを降りた。

 

「こっち来いよ」

 

デーバ重工の玄関を入り、豪勢なロビーの様子に幸一郎が気後れしていると、颯太は勝手に進んで行った。

 

「待ってくれよ!」

「ほら、早く来いよ」

 

幸一郎は、迷子になりそうになりながらついて行った。

 

「おーい、”石ころ”連れて来たぞー」

 

幸一郎は、デーバ重工社内のかなりセキュリティが厳しいゾーンに

連れて来られた。

 

「ちょっと、何ここ?それ、何?」

 

幸一郎は、セキュリティが厳しいぶ厚いドアの向こうに連れて来られると、有無を言わさず拘束された。

 

「何するんだよ?!」

「オッサン、あんた、スカイゾーンに作り変えられたシステム置換人間だって言ってたよな。もっと強くなれるよう、バージョンアップしてやるよ」

 

拘束された幸一郎の体は、システム置換人間として人工の物に置き換えられていたが、大型の電動工具のような刃を突き付けられて解体が始まった。

 

「やめろー!!殺す気かー!!」

 

幸一郎は恐怖のあまり大声で叫んだが、解体作業に取り掛かった作業員は、表情を全く変えることなく黙々と解体を進めようとしていた。